3
桜の美しさは、その佇まいの神秘的な威容をもって“花の王”と呼ばれるほどの荘厳富貴なところにもあるが、実のところはそれだけではなく。他の木花はあちこちの梢が順を追って咲いては散りとなるのと違い、全ての花が咲きそろった繚乱の頃合いを限(きり)にして、一斉に…満を持してと風に散る清冽さもまた、凛としていて潔いとか、滅びの寂寥をこれほど美しく魅せるものはなく、胸を打たれるとの評を集める姿だし、それとも違っての…その手前。陽が落ちてのちの月光の下で、妖しき麗しさをまとう夜桜の、婀娜な姿にこそ惹かれる人も少なくはない。篝火や何やで煌々と照らさずとも、月の降らせる蒼光のみにて。まるで桜そのものが光を宿しているかの如くに、闇に浮かんで妖しく際立って見えるその立ち姿の、何とも凄絶壮麗な装いだろか。周囲が闇色に暗く染まっているからこその、深みある漆黒との拮抗がまた鮮烈で。この、胸倉叩かれるような、若しくは斬られるような圧巻を、だが、何とも表現のしようがない至らない身であるのがまた、口惜しいやら切ないやらで。その歯痒さに負けての立ち去れず、しまいには魂抜かれたように見惚れての取り憑かれた人らが絶えなんだので、
―― 月夜の桜には魔性が棲む、と
あちこちで 実しやかに言われもしたのも頷けて。ただ、
「神隠しはよかったな。」
「まあな。」
金だけ奪って殺すにゃ惜しい、なかなかの別嬪揃いだったから…と。皆まで言わずに下卑た笑いようをする誰かの気配が、群雲に隠れた月の陰から聞こえて来。
「だが、そろそろ潮時かもな。」
「ああ。」
いくら何でも そういつまでも、鬼のせいにもしておけめぇと。春寒の晩の闇の中、その身の黒を夜陰の帳(とばり)へ浸したまんま、こそこそと囁き合ってる人影が幾たりか。生身の人なら食う寝る着るが必要だろが、機巧という特殊な躯には生まものは要らぬ。蓄電筒か若しくは燃料の補給さえ出来ればいい身には、やわらかで暖かな絹の衣紋もふわふかな真綿の布団も要りはせぬ。女も抱けぬがその代わり、無理からの凌辱でせいぜい派手な痴態を晒させ、それを眺めて劣情晴らし。あとはどこぞかへ売り飛ばしゃあいいと。そんな卑劣な所業の数々、あちこちの辺境でこそこそと積んでた連中があり。生身じゃあない甲足軽はともかく、鋼筒乗りだと生身の存在。そんな彼らは、だが、だからこそのオトリを担当。ここいらは不案内でなどと言葉巧みに近づいては、力の差から到底逃げ出せなかろう機巧の仲間内がいるところまでを誘い込み、非道な略奪続けて来た無頼の連中。そんな悪行の数々の一部が、だが、ここの農民たちの間では“桜鬼の仕業”とされかけているとの噂を聞いて、一番笑ったのも彼らなのは言うまでもなく。
「これだから物知らずな世間知らずは容易いと言うのよ。」
「さよう。見当違いな用心にばかり走りおって、
こちらの仕掛けには ひょいひょいと踏み込んで来よる。」
「他にも殺(や)られた連中がおると、
はてさて 何時になったら気がつくものかの。」
此処で奪った金子は結構な額となった。女たちを売り飛ばしにと出ている連中が、我らの“食料”持って戻り次第、この地ともおさらばと行こう。さようさよう、隣りの尾根の半ばには、まだまだ里が麓と通じておらぬ“冬眠中”の地もあるよってな、と。此処と似たような追い剥ぎばたらきの算段、厚かましくも尊大に、今から固めていたところ、
「…あの。」
こちらには明かりも不要の一団の輪の中へ、怖ず怖ずと声をかけて来た者があり。何だと肩越しに見返れば、少し離れたところで、見張りを兼ねての小さな焚き火に当たっていた鋼筒乗りの一人が、萎縮から肩を縮こませての恐る恐る、幹部格の甲足軽らへとご注進にやって来ており。
「どうした。阿嘉之介らが戻って来おったか?」
「いえ、それがその…。」
やはり甲足軽の仲間内、こんな辺境では補給のかなわぬ揮発性の燃料を、輸送空艇に要るのだと誤魔化し買いにと、少し先の宿場まで向かった者の名を挙げる。今時では、よほどの特例でない限り、機巧躯のサムライ崩れは“野伏せり”と見なされ、石もて追われるか役人へ通報されて虜囚となる身にまで落ちぶれているがため。生身のままな顔触れが、このような一味にはどうしても必要なのだが、力の差というもの見せつけて、こちらが上位としておく必要もある。代わりはいくらでもいるのだと脅すまでもなく、雑兵ながら一応は軍規のあった世界にいた身の悲しさか、威厳さえ保っておれば大概は意のままになる連中ばかりであるのだが、
「例の桜の辺りに、人の気配があるんでさあ。」
「……なに?」
今も話していたところだが、彼らの悪事が桜に宿りし悪霊の仕業と思い込まれている今現在。そんなおっかない謂れのあるよな場所へ、しかもこんな夜更けにやって来る者なぞあるだろか。化かされるどころじゃあない、命を奪られた者もいたこと、ようよう知っておろうに…。
「農民どもの臆病さは、よう知っておるが。」
おっかないものへは逆らわず、ただただ卑屈にへつらい、何なら里うちの誰ぞかを人身御供に差し出してでもと、ひたすら身内の護身にのみ務めるのが彼らであり。今まさに得体の知れぬ何かの噂が渦巻く、鬼桜とやらの間近まで、ひょこひょこと近寄って来るものだろか。
「いや、案外と肝試しをと言い出した若いのかも知れぬ。」
「若しくは、事情に疎い旅人かも知れぬよの。」
一笑に付しての聞き流さずに“さてどうするか”と構えた彼らだったのは、今宵のうちにも仲間が戻って来る予定となっているからで。余計な痕跡残すのは、追跡者への鍵を置いてくようなもの。ここでの“仕事”はそろそろ潮時かと見切っていたのは、人の流れが増え始める時期を読み、頃合いだろうと断じたというのと…もう一つ。例の賞金稼ぎの噂が、此処の間近まで南下して来ていたからだ。
その名を“褐白金紅”という、すこぶるつきに練達の二人連れ
あの大戦に於いて活躍した、空の軍人(もののふ)たちのうち、最後のころまで生身でい続けた連中のみが会得した秘技“超振動”を操っての大太刀振るい。鋼の装甲もそれはたやすく微塵に刻み、何十人もの敵に取り巻かれても、薄ら笑いを浮かべたまんまでの一切動じず。妖しき風貌した連れの、穹を舞う秘技を駆使することで、その場に居合わせた全ての野伏せりを、瞬く間という鬼神のようなはたらきにて、一掃せしめてしまえるとかどうとか。
『そんな得体の知れない奴らと、やり合ったって始まらぬ。』
何処にいたとて、その噂が聞こえると…あっと言う間に尻に帆掛けて逐電し、ただただひたすら回避して来た。超振動を身につけた級の、恐らくは元斬艦刀乗りを相手に、意地や見栄から張り合ったって何にもならぬと知っている。何となれば戦艦さえ落とした伝説の侍、北軍(キタ)の白夜叉や南軍(ミナミ)の紅胡蝶のいずれかだったらどうするか。金の髪した年下の連れを従えているというのなら、北の白夜叉である可能性は大きくて。
『俺は、あやつが金の狛ともども、
戦域を自在に駆けては駆逐艦を片っ端から落とした最初の戦さ、
元和2年の“鮫島砦の戦”を知っておる。』
『おお、あの激戦か。』
噂を聞いただけでも身震いが出るおぞましさ。眉ひとつ動かさず、何の命綱もない身で天穹という高みを自在に滑空し、大太刀一振りで雷電級の鬼ばたらきを見せ続けた剛の者。爆風の中、白い外套を戦火に明々染めて、金の狛が操る機へと戻る颯爽とした身ごなしは、敵ながら息飲んで見とれるしかなかったほどだったから。
―― それこそ、そんな亡霊と関わり合ってたまるものかと
なりふり構わぬ“避けて逃げて”を、今の今まで繰り返し続けて来たのであり。この地からも出来るだけ早く離れねばならぬ。何せ奴らは、州廻りの自警団の手先のようなこともこなしているとか。ここのような辺境の、大した金にもならぬだろ土地をこそ念入りに見回っては、そこへと巣食う野伏せり崩れを、根絶する勢いで駆逐して回っているのだとかで。生身の存在なのに、こちらと変わらぬ速さと粘りで追って来れるなんて詐欺ではなかろか…なぞと、ついついぼやきたくもなる相手なだけに。
「その気配というのは、侍や大男なのか?」
一旦どこかへ引くべきか。だがだが、いつ何時 仲間が外から戻って来ぬとも限らない。それと鉢合わせになって、こっちの輪郭 見られたならば元も子もないので、何ならいっそと、切り伏せる段取りを構えた彼らでもあったようだが。
「いやそれが。」
訊かれた男が困ったように頭を掻いて、
「見張りが言うには、幽霊みたいだと。」
「あ………?」
いえね、阿嘉之介様がお戻りになるまでの見張りということで、そうともなると名残り惜しいなって、例の桜を眺めてたんですが。
「その根元に、何だか…人の気配があるよな無いよな。」
「何だそれは。」
確かめられなくて何の見張りか。大体、誰ぞがそうまで近寄った気配をこそ、誰も見ておらなんだのかと、役立たずな配下へ焦れたようにいきり立った、甲足軽の何人か。もうよい、我らで見て来るわと。伝令を邪険にも押しのけると、月の隠れている中、ほぼ真っ暗な道なき木立を、だが さして危なげないままに進んでゆき、
「…むう。」
現場へ居残っていた鋼筒乗りらも、手振りで後ろへと下がらせて、桜のある辺りを透かし見た彼ら。いわゆる“目視確認”のみならず、熱や音などの微細な変動でも拾い上げるという機巧ならではな感応器官をフルで開放してみれば、
「…いるな。」
「ああ。一人…さして大男ということでも無さそうだが。」
丁度、群雲が風に流されたらしく、さあと降り落ちて来た真珠色の月光が照らす大桜は、まさに夢幻の存在と化しており。花の一つ一つに光を宿しているかのような、それでいて燦然と目映いというのではなくの、あくまでも静かに。妖しくも端麗な緋白の陣幕が、周囲の闇を敢然と征しての圧倒している空間が。されど、機巧躯の面々には…単なる花咲どきの大樹としてしか、把握が出来ぬらしくって。まだ相当に距離を残していながら、それでもそうと察知出来たはなかなかの感度だが、
「で? いかが致す。」
「そうさの。」
いかにもという武芸者が、人ならぬ者なぞこの世にはおらぬと言い聞かすため、度胸試しも兼ねて送り込まれたかと思うたが。機巧で精査した存在は、さほど雄々しきお武家でもなさげな風情。生気の熱も随分と低いので、道に迷うて凍えかけ、桜の下へとりあえず逃げ込んだ旅人かも知れず、
「さして手を焼かす存在とも思えぬが。」
出来ればどんな些細な杞憂も、残さず去るのが一番な状況。こんな間合いに飛び込んで来た、巡り合わせを恨めよと、背中に負うた太刀引き抜いた面々へ、
――― きいぃぃいいぃぃ………んん、っと
かすかな兆しから、徐々に高まってっての不快な耳鳴り誘うほどまで。何とも言い難い奇妙な金属音が沸き立って、その背後から襲い来たものだから、
「な…っ!」
「こ、これはっ!」
大戦の生き残り、しかも天空戦域にいた者ならば少なからず聞いた覚えがあろう、魔物の爪の颯斬る唸り。ハッとし身構えたがもう遅く、どんと炸裂した途轍もない大きさ強さの衝撃波は、彼らからすりゃ後方にいた者、相手の手前にいた者からという順で、その身を砕いての粉々に、容赦なく破砕してゆく恐ろしさ。そこがまた生身ではない身の特性で、燃料や電気系統に火がついての爆発するたび火花が上がり。その仄かな閃光に照らし出された何者か、夜陰の中、ちらと瞬間だけ浮かび上がった精悍な面差しは、
「………き、キタの白夜叉っ!」
さすがに十年以上は経過している かつての敵将。多少は衰えたか、いやさ軍服ではない姿ゆえか。規律というお堅い枠を失ったその代わり、変幻自在な余裕をその身へ飲んでのことだろう、不敵な笑みを口許にのせたまま、すうとその姿が闇へと没してしまい。
「何処から来るっ!」
「固まっていては不味いぞ。」
「…っ。そうだ、桜の根方の旅人を、」
賞金稼ぎを生業にし、しかも役人どもの側に立つという彼ならば、非力な人質取られては手も足も出なくなるに違いない。巻き添え食らわせ、殺してしまったなんて運びにでもなりゃ、最悪、お仕置き受ける側へとなりかねぬからで。それを楯にし、何とかこの場から逃げよと構えた、甲足軽の生き残りが何体か。泡を食ってという描写がぴったりなほど、何とも危うい足取りで…それでも随分な速さを見せてのざかざかと、件(くだん)の桜の織り成す、大きな緋明かり目がけて駆け寄りかかったのではあったが、
「……えっ。」
「あれは…。」
彼らがその性能を誇る感応器が 闇にも撒かれず精緻に捕まえていた存在、確かに生身の誰かが、そこには佇んでいたのだが。辺りに垂れ込めるは春の宵。虫の声さえ立たない静寂の中、その代わりのようにして、冴えていつつもどこかしら甘い、そんな風が吹き寄せるものだから。もしかしたなら あり得ない幻覚が、ここぞとばかりに生じるものか。
透かし織りの絽の衣、
かづきのようにその頭上へとかざして立つ、
さながら、桜の精のような何物か。
月光に照らされると、妖的な美しさが増し、何かしらの妖かしが惹かれて棲みつくものか。それとも、かつて魅了された誰ぞの情念を吸っての蓄積し、そんな肥やしでこうまで美しくあり続けると、このような姿の“変化(へんげ)”を生み出すことも可能となるということか。白っぽい金色にけぶる髪の額辺りへと上げられた白い片手。それで小袖の後衿にあたろう辺りを摘まむようにして、笠かかづきのように頭上へとかざし、軽く広げられた身頃を背後へ垂らしての、細い肩や背を覆わせた格好。随分と年若な青年であるらしいが、すべらかな頬には何の表情も浮かんでおらず。こんな時間帯のこんな場所に、こうまで平然と…いやいや、こうまで妖しい風情で立っているとは、
「……まさか。」
「いや、そんな…。」
「だが…そうとしか。」
自分たちだって意図してそれを引っ張り出した訳じゃあないのだが。ここいらの住人たちが、突然起こった凄惨な事件へと持ち出した、神憑りな存在は何と呼ばれていた? あまりに年経た桜の巨木に、いつしか宿った 人ならぬ精霊。刃も使わず人を殺(あや)めることも、そんな存在になら出来ようと。そうまでの恐ろしい存在が棲みかねないとまで言って怯んでいたのを、ほんのさっき嘲笑してやったばかりの彼らだったが。
「……。」
その誰かもまた、色白な頬を…周囲の桜と同じように黒々とした深い闇の中へと沈ませることなくの、くっきりと浮かび上がらせており。ほっそりしなやかな痩躯は、装飾少ない紅蓮の長衣紋にくるまれていて、この場へのこの色合いは何とも妖麗。何かの彫像のように身動きしないでいたものが、だが。かづきを摘まんだのとは違う方の腕、いつの間にか体の脇へと手を伸ばさせており。しかもその手には、刃を銀色に濡らした細身の刀が握られている。
「…っ、まさかっ。」
「さっきのが白夜叉ならば、向こうは金の…っ!?」
戦時中、彼らほどの最強攻手はいないと謳われた二人組。策を練っての翻弄・陽動作戦を敷くことこそ得意中の得意な軍師でありながら、大太刀振るう手腕も格別で、その戦法は 鋭にして鮮烈。だからこそ、現場の変貌へいちいち即した臨機応変も存分に織り込まれた作戦と効率のいい兵の運用が自在にこなせた、白夜叉こと島田勘兵衛と。そんな彼を指揮官とする小隊にて、ずんと若手でありながら副官を務め上げたのみならず、戦場においての活躍も飛び抜けて優れていた評しか聞かない、金髪美貌の“金の狛”。それぞれに小班率いての作戦負うて来られても手ごわかったが、そんな二人が互いの動線把握し切って畳みかけて来た日には。斬艦刀にての攻撃ならば、戦艦や空母級の艦でも撃沈を免れられなんだ威勢を誇り。白兵戦という乱戦の場へと降臨すれば、どちらも…太刀と槍という古風な得物しか持たぬ身でありながら、たった二人で一個師団の働きこなし、血路を開くのに小一時間もかからなかった豪腕の持ち主。なんでまた そんなとんでもない手合いと、とうに戦も終わったに、こんな寂れた片田舎の真夜中に立ち会わねばならぬのか。血の気があったらざっと引いていよう想いに襲われながら、血の代わりに体内巡る、燃料や潤滑油やの音を聞きつつ。そちらは…戦いには必要だろからと居残されていたらしき反応、本能的にたじろいだ面々を目がけ、
「……。」
金の髪した若いのが、刀をゆっくりと差し上げて身構え、そして、
――― ふわりと大きく揺らいだは、夜風にそよいだ梢の影か
今度の一閃には、先程、鋼色の蓬髪をたなびかせた壮年が放った、超振動の太刀のような金属音はしなかった。だが、確かに上段の構えから 銀線描いて ぶんっと振り下ろされた太刀であり。握りか何かが気になっての、単なる素振りであったのかも…と、気を取り直しかかったこちらの一同だったものが、
―― どん、と
それぞれに胸やら腹やらへの圧迫を感じた。感じたと思ったころにはもう、その足元が地から離れており、強烈な衝撃波が叩きつけた身は、その鋼の身の強度の限度を耐え兼ねたのか、次々と胴のあちこちを破砕され、吹き飛びながら散り散りに身を砕かれての滅してゆくばかりであり。
“遠あて、か。”
途轍もなく鋭くも重い剣撃を、触れられぬほど遠く離れた相手へ叩きつけるという、一種の気合い砲に似ている気功波系の奥義。よほどのこと年経た練達ででも無ければ、気脈の制御は難しかろに。さして構えずとも、あの短い間合いで気を練っての放つことが出来るというのだから、
“相変わらず、いやさ、ますますのこと恐ろしい手合いよの。”
久蔵にしてみれば、前からこなしていたには違いなかろうが。それでも…この平穏な世情の中では さして振るいもしない身だろうに、唐突にひょいとやってしまえる勘のよさはどうだろう。何事も無かったかのよに、絽の小袖をかざしたままの格好で立つ青年へ、自分の大太刀 鞘へと収めつつ、勘兵衛の側から歩み寄れば。
「……。」
彼もまた、背に負うた鞘へ器用にも太刀を収めてしまい、自分には頭上になる桜の梢をうっとりと見上げた。
「散らすのは惜しい。」
あまりに短い一言だったが、勘兵衛にはそれで十分。精悍なお顔を柔らかな笑みにて破顔させ、
「さようか。それで…。」
納得の言を夜風へと乗せる。切っ先が触れれば、岩でも鋼でも何でも破砕しかねぬ、瞬殺の超振動。勘兵衛のように自在に操れぬ久蔵では決してなかったが、それを繰り出した途端に、彼がひそんでいたこの大桜が無残にも散ってしまいはしなかろか。それを危ぶんでのこと、相手が離れていても畳んでしまえる“遠あて”の剣撃を選んだ彼だったということか。
“…それにつけても。”
ここへと潜むのへのカモフラージュ、深紅の衣紋が桜花の緋白を圧倒して目立たぬようにと、勘兵衛がその肩へ羽織らせたはずだった絽の小袖。何を思ってそうしたか、かづきのように頭へとかざしていたその姿、この甲足軽らの眸には一体どう映ったものだろか。春の夜寒の垂れ込める、夜陰の漆黒を圧倒するほどもの花王の存在感を向こうに回し、堂々と拮抗している不思議な存在。白皙のお顔は表情薄く、それでも…瑞々しい生気満たした魅惑をおびての、視線が外せぬ端正さはどうだろう。唯一の表情、いやいや感情を吐露したいか、微かに開きかかった緋色の口許が、だが、きゅうと結ばれると、勘兵衛の顔をきっと見上げて、
「残りは。」
「うむ。一応、取り囲んではおるのだが。」
手ごわいのは10人近くもいた甲足軽の面々で。こうまでまとまって頭数をそろえて居た一味は昨今にはめずらしい。よほどのこと、生身の身である鋼筒乗りたちを、上手に操っていたのだろうと推測されたが、
「外の里から戻って来かけておった仲間らしい甲足軽も、
ついさっき捕縛したとの報せがあったゆえ。」
「…。(頷)」
空の軍人であった級の者でないと手がつけられぬは、機巧躯の野伏せり。それを畳んだところでお役目は終しまいという彼らの周辺では、遠く近くに喧噪が飛び交い始めてもおり、峠の手前で控えていた役人らがいよいよの突入を敢行した模様。
「…島田。」
「ああ。」
幹部格の面々がそれは判りやすい格好で総崩れとなった今、残りの陣営からはさしたる抵抗も出なかろうから。このまま麓の里の宿へまで、とっとと戻ってもよかったが。久蔵には、この桜がいたく気になるものか。囲い込みの輪から逃れた賊が寄るのを、再び抜いた刀にて、殴るに留めつつも追い払うことに専念するらしい。ならばと、勘兵衛もまた太刀を手にし、甘い夜風にさわさわ揺れる、緋白の精霊 守るのへと加担して見せれば、
「……。///////」
何の気なしに合わさった視線。そうなったということへだろ、少々焦ってか口許たわめたまんまで肩をすくめると、慌ててそっぽを向いた細い肩の主の何とも子供じみたそんな態度が、何ともくすぐったく思えた壮年殿。この騒動に方がついたら、あらためての花見と洒落込もうとかとの算段も楽しげに、月夜の峠、駆け回り逃げ惑う賊らの一掃こなす春の宵……。
〜Fine〜 10.04.04.〜04.05.
*お花見のシーズン到来ですねぇ。
それでとあちこちの素材屋さんをほっつき歩いていたらば、
このページの豪華な夜桜セットに辿り着きまして。
(そんなセンスのないタイトルじゃなかったですが…)
なのでと…というだけの順番でもなかったですが、
久々に褐白金紅のお二人に暴れ回ってもらった訳です。
シチさんと取り違えられたことを聞いたら、
どんなお顔をする久蔵殿なんでしょねvv
実質は、舞台背景の説明にたんとかかり過ぎておりますが、
毎回毎回、いろんな場所で、
いろんな設定の鬼退治となってる二人ですんで、
そこの下敷きを固める必要性には、どうかご理解のほどを。
*きっとこの後、
壮年殿としては夜桜の妖艶さを堪能したいのでしょうけれど。
夜更かしの利かない新妻がどこまでお付き合い出来るものか。
寝こけてしまった温みをお膝に抱えての、
手酌で一杯も乙かもですが、
明るくなってからの仕切り直しのほうが、
きっと存分に楽しめますぜ? 勘兵衛様?
めるふぉvv


|